- この記事の企画
- 行政、企業経営、地域づくりなどあらゆる分野において、価値開発や価値創造等、本質を見つめ考えるコーナーです。各地域の特色ある独自の取り組みを紹介します。
※この記事はFuture SIGHT No.93からの再掲です。
新型コロナウイルスの影響による市場の急速な変化を始め、激しい価格競争やニーズの多様化などによって先の予測がより難しくなっている状況の中、企業が持続的な発展を続けるために新たな価値の創出に活路を見出す動きが増えている。その際に有効となるのが、モノの色や形の検討のみにとどまらない、自社の強みや技術を生かして問題解決のために創意工夫する「デザイン」の手法であるという。山形県工業技術センターでは、県内企業の付加価値の高い製品開発を促進するべく、「デザイン」の力を活用したものづくり支援を行っている。
デザインの力で山形を元気に
山形県工業技術センターは、県内企業が抱えるさまざまな技術課題に対応し、山形県の産業発展のために活動する公設試験研究機関である。私たちデザイン科では「デザインの力で山形を元気に」を合言葉にさまざまな事業に取り組んでいる。
山形で生まれるデザインとは
「山形エクセレントデザイン」は、山形県内でつくられた優れたデザインの製品を選定・顕彰する事業として1997(平成9)年からスタートし、今年で12回目を迎える(選定は隔年開催)。デザインの賞というと、さぞかしカッコイイものばかりが選ばれていると思われるかもしれないが、それだけではない。県では、デザインとは「モノの色や形だけでなく、問題解決のために計画を立て、いろいろと創意工夫する行為」と定義し、広く製品を募集。その上で、自社の強み、技術、素材を生かし新たな価値を生み出している/地域の生活文化に根ざし豊かな暮らしを提案している/これからの地域の問題解決につながる/等の選考ポイントにより審査している。
ここ数回の大賞を挙げてみると、山形のブランド米つや姫の特性を生かし、温度で変わる味わいを提案した「純米吟醸酒 つや姫なんどでも(2013)」、最先端のエコハウスを集合住宅で実現し、コミュニティを育む環境も提案した「COLON CORPO(2015)」、生産者と生活者をつなぎ、棚田米の買い支えや交流を促進する仕組みづくりを含めた「大蔵村 棚田米(2017)」、山形鋳物と成形合板によりインテリアと親和性の高い機能美に昇華させた「木質ペレットストーブ OU」(2019)と、さまざまなジャンルから選ばれている。山形は、ものづくりの分野では何かの一大産地というわけではないが、逆にこんなに多様な分野で面白い取り組みが行われているということを是非知ってもらいたい。
仕組み自体をデザインする
「山形エクセレントデザイン」が他のコンペティションと違うのは、選定の翌年がPRと育成の年になっていることである。選定品を紹介する展示会では、作り手を取材して動画や冊子で開発の背景やデザインのポイントを伝えたり、作り手とデザイナーによるトークイベントやものづくりワークショップを開催したりと、子供から大人、企業、学生等多くの人に関心を持ってもらえるようなイベントとしている。受賞企業や奨励企業を対象としたブラッシュアップスクールでは、講師からはもちろん、参加者同士でも意見交換ができるオープンな雰囲気の中で、それぞれ目標を立てて1年かけて改善し、最終的には見本市へ出展することで販路開拓を目指す。
また、企業とデザイナーが良い関係を築くための出会いの場“デザ縁” では、デザイナーが普段どんな考え方で仕事をしているかを知り、直接話すことで相性の良いパートナーを見つけてもらい、新たなものづくりや取り組みのきっかけとなるようにしている。こうしたサイクルを回すことで、山形のものづくり全体がレベルアップしていく仕組みとなっている。
企業とともに進める伴走支援
一方で、私たちのもう一つの仕事は、企業にデザイン活用を促すことである。山形県のものづくり企業の約9割は中小企業で、その多くは下請け取引が中心。激しい価格競争やユーザーの価値観の多様化、先行き不透明な状況の中で、今持っている技術を生かした新たな価値の創出に活路を見出そうとする企業が増えており、そうした企業に対して、私たちはデザインの手法を活用した商品企画・開発を伴走するかたちで支援している。各企業の状況に合わせてプログラムをカスタマイズし、デザインの効果やプロセスを実感してもらうことに重きを置いている。この取り組みを通じて、企業自身のデザインマインドが向上し、自ら戦略的にデザインを活用できるようになることを目指している。
“&D” と“こうふくで山形”
とはいうものの、新たな価値の創出は簡単なことではない。自社の強みや歴史を見つめ直し、これからどんな企業になっていきたいのかというビジョンを描き、時には初めての分野に足を踏み入れることもあるかもしれない。そこで今年度新たに始めるのが「&D プロジェクト」。今まさに、アフターコロナを見据えた新たな一歩を踏み出したいと考えている企業に向けた勉強会で、デザイン思考やデザイン経営を取り入れたワークを考えている。
もう一つは「工業・福祉・デザインの連携によるモノづくり “こうふくで山形プロジェクト”」。これまでにあまりない組合せだが、昨年度行ったセミナーでは、お互いにもっとよく知ることで何か一緒にできるかもしれない、と感じた人が多かった。取り組みは始まったばかりだが、新たな分野との出会いが、自分たちの強みや特性に気付くきっかけになるのではないかと考えている。
山の向こうのデザイン物語
これは「山形エクセレントデザイン」の県内展のタイトルとして2012(平成24)年から使っているもので、山形で行われているこうしたさまざまな取り組みを、表層だけでなく、背景から知ってもらいたいという思いで名付けた。先行きの見えない不確実な時代でも、しっかりと地に足のついた山形らしい物語を、企業やデザイナー、地域の方々と紡いでいきたい。
補足:「山の向こうのデザイン物語」の元となったのは、「山の向こうのもう一つの日本」という元駐日米国大使エドウィン・O・ライシャワー博士の言葉。博士は山形のことを、東京や大阪、京都や奈良とも異なる自然と人間が健全に調和している場所として礼賛し、将来、日本全体がそのような「もう一つの日本」になることを望むと記した。
この記事を書いた人
山形県工業技術センター 連携支援部デザイン科
主任専門研究員月本 久美子
山形県工業技術センター
山形県山形市松栄2-2-1
TEL 023-644-3222
URL https://www.yamagatanodesign.jp
宮城県仙台市出身。
東北芸術工科大学情報デザイン学科映像コース(現・映像デザイン学科)卒業。山形県工業技術センターにて県内企業のデザイン支援や山形エクセレントデザイン事業を担当。企業の強みを生かしながら今の暮らしにつながるものづくりに取り組んでいる。