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天童を「将棋の聖地」にするコマノミクス事業

将棋駒の一大産地である山形県天童市。この地で職人の手によってつくられた将棋駒は各種タイトル戦でも使用されている。春には満開の桜のなか、鎧兜を身にまとった武者姿の人間を巨大な将棋盤上で駒に見立て、プロ棋士が対局を行う「人間将棋」が開催され、毎年多くの観光客が訪れる。

現在、天童商工会議所では「将棋駒」に焦点を当てたまちおこし事業「コマノミクス」に取り組んでいる。通常よりも少ないマス目で手軽に楽しめる新しい将棋「66将棋」や将棋がより身近に感じられるような商品開発などを通して、国内の将棋ファンのみにとどまらず海外へも裾野を広げ、「将棋の聖地」としての確立を目指す。

コマノミクス事業とは

コマノミクス事業は、天童商工会議所が「将棋駒生産日本一の天童を将棋の聖地にする」を目標に掲げ、2018年度地域力活用新事業∞全国展開プロジェクトに採択されたことから始まった。天童市は将棋駒の生産量が日本一で、人間将棋というイベントをはじめ、ポスト、電柱、歩道など、随所で将棋の駒にちなんだまちづくりがされている。しかし、そのことが観光誘客に結びついているのだろうか。そのような疑問を感じたことが、本事業の背景にはある。果たしてそれらは天童市を訪れる理由になり得るのだろうか。将棋を指さない方にとっては、将棋の駒生産量日本一は興味が湧かないのではないか。

そのような中、藤井聡太さんの快進撃、羽生善治さんの永世7冠達成と国民栄誉賞の受賞、将棋漫画や将棋映画など、将棋ブームの追い風が吹き始めた。その追い風に乗ろうと、当時の経済政策になぞらえ「コマノミクス事業」という事業名で、「指す」「作る」「魅(み)せる」を成長戦略の3本の矢と決めて始まった。1本目の矢「指す」は、将棋人口の拡大やタイトル戦誘致等、将棋を指すことの成長を目指す。2本目の矢「作る」は将棋駒の需要拡大やブランドの確立を目指す。3本目の矢「魅せる」は将棋の聖地となる素材作り、将棋をモチーフにした新商品開発を目指す。

66将棋誕生

コマノミクス事業の「核」となる起爆剤になるようなもののアイディアを、本事業を企画する「賑わい創出プロジェクト委員会」のコーディネーターである松田道雄氏(尚絅学院大学 教授)へ依頼した。そして考案されたのが、「66(ろくろく)将棋」である。66将棋は6マス×6マスのミニ将棋で、自軍の一番手前の1列の配置を1手ずつ自由に置くことができるのが最大の特徴である。使用する駒は、王将、金将、銀将、桂馬、香車、歩兵の6種類に加えて、飛車か角行のどちらかを選ぶ。対局時間は平均6分、初期配置のパターンは207万3,600通りもあり、3S(①スピード、②スモール、③スマート[手軽に脳トレ])の特徴がある。

松田教授はこの66将棋について、「本将棋の駒すべてを使うことができるので、現在の将棋駒の製造から流通までの流れを崩すことがない。また、ランチタイムや飲みながらなど、ちょっとした合間の時間に決着をつけられる。〇マス×〇マスというミニ将棋は複数あるが、初期配置を自由に決められるミニ将棋はこれまでなかった。いい意味で定跡ができにくく、毎回違う展開で楽しめる。その上、サッカーで言えばフットサル、バスケットボールで言えば3x3等のように序盤から駒を取り合うスリリングな対局が実現できる」と述べている。

テーブル型66将棋盤「ROKUROKU」を使用して豊島竜王(当時)と対局

66将棋の普及活動として66将棋大会を開催している。第1回は2018年7月31日、商店街対抗の団体戦を開催した。かつて将棋を指した世代の方々が天童商工会議所への協力で参加し、数十年ぶりに将棋を指したと熱気にあふれ、将棋の面白さを久しぶりに感じていたようだった。終了後は将棋をモチーフにした勝負飯「将棋(こま)カレー」を食べながら将棋談議に花を咲かせていた。同年の6月6日にはさくらんぼ畑の中、「さくらんぼ66将棋大会」として個人戦が行われた。上級の部に日本商工会議所会頭杯を創設し、天童市観光果樹園連絡協議会の協力のもと、観光果樹園のキックオフイベントも兼ねて開催された。開催日の6月6日は66(ろくろく)とさくらんぼの日にちなんで「66将棋の日」と制定した。

さくらんぼ66将棋大会

2020年6月には、アプリ化を果たすことができた。松田道雄教授の紹介でコマノミクス事業に賛同いただいた京都府のアプリ製作会社による「将棋盤」という対人専用将棋アプリに66将棋モードが追加されたのである。Bluetoothによる通信対戦も可能で、同じ場所にいる相手ともアプリを使用した対局が可能となった。

食のコマノミクス

コマノミクス事業のもう1つの大きな核が「食のコマノミクス」である。将棋駒型の最中(もなか)アイスである「天童将棋(こま)愛す(あいす)」は地元の製氷店と菓子店とのコラボ商品。他に、将棋駒と同じ五角形状に盛られたごはんの上にパセリパウダーで「歩」の字が描かれた「将棋(こま)カレー」、山形県民のソウルフードである玉こんにゃくを将棋駒の形にした「こまこん」、金山杉と地元そば屋によるコラボで将棋駒の形を模した器の板そば「将棋板そば」などがある。この「将棋板そば」は、そばを食べ終わると将棋の文字や詰将棋が出てくるなどおみくじ的な要素も楽しめる。地元観光果樹園が開発した将棋駒がモチーフの「将棋(こま)パフェ」は特に人気を博し、その後、将棋駒型のチョコが66将棋盤として使用できる箱に入った「66将棋 将来楽(ショコラ)」、三陸産の海苔に「金」「歩」など将棋の文字が切り抜かれた「こま海苔」が続いた。こま海苔を使用した「こまむすび」というおにぎりもできた。2020年には、地元とんかつ屋による将棋駒の形をしたパンに「王将」の文字の焼き印を入れた「こまカツサンド」、コロナ禍で旅行ができない中、旅の気分が味わえる将棋駒モチーフの食材を使った「旅弁」が販売された。

こまカツサンド

コマノミクス 次のステージへ

海外展開としては、66将棋の説明動画を天童市内の創学館高校から作製していただき、英語と中国語の2カ国語でYouTubeに公開している。海外の新聞にも2回掲載されており、英訳に対応した66将棋の専用サイトも立ち上げた。66将棋メキシコ大使を任命し、メキシコ大使館での66将棋の展示やメキシコ国立大学への66将棋の普及を目指している。2019年には、山形県、地元の大学の東北芸術工科大学と連携し、日本の和柄がデザインされた66将棋駒「なるこま」をインバウンド向けに開発した。今後はアフターコロナを見据えて本事業を展開していく。

コマノミクス事業を推進して、改めて天童市民や市内の事業者には将棋が根底にあり、それぞれをつなぐことができる大きな可能性を感じた。指す人、作る人、魅せる人、それぞれが行政や関係団体と一体となり、将棋の聖地「天童」へ大きな方向性を示すことができていると考えている。今では事業者が自主的に将棋を使った取り組みを始めており、コマノミクス事業は次のステージを目指し今後も歩んでいく。

この記事を書いた人

天童商工会議所

賑わい創出プロジェクト委員会 事務局大内 久幸

天童商工会議所
山形県天童市老野森1-3-28
TEL 023-654-7481 FAX 023-654-7581
URL http://tendocci.com

天童商工会議所 総務課課長補佐。
天童商工会議所へ2002年入所。2018年からコマノミクス事業を担当。将棋は小学生から始めたものの挫折し、66将棋へシフト。コマノミクス事業は2018年と2019年に日本商工会議所地域力活用新事業∞全国展開プロジェクトに採択される。2020年からは天童商工会議所独自事業として継続しており、現在も推進中。

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