- この記事の企画
- 行政、企業経営、地域づくりなどあらゆる分野において、価値開発や価値創造等、本質を見つめ考えるコーナーです。各地域の特色ある独自の取り組みを紹介します。
秋田県立大学の藤田直子教授は、澱粉(でんぷん)生合成メカニズムの解明に関わる基礎研究で扱ってきた変異体米をもとに、血糖値上昇抑制効果を持つ「まんぷくすらり」、通常の米とは食感が異なるなどユニークな性質を持つ「あきたぱらり」「あきたさらり」といった新品種米を開発し、これらの普及のために大学発ベンチャー企業「株式会社スターチテック」を設立した。
藤田教授は、秋田から新しい形の稲作産業を発信することで、稲作農家や食品加工産業の活性化につなげたいと考えている。
秋田で米澱粉の研究
高校生のころから漠然と研究者か教員になりたいと思っていた私は、何とか理系の大学に入学した。生物学が好きで、当時は医学系の研究をしたいと思っていたが、ひょんなことで大学院からは植物を研究することになった。せっかくなら、動物や微生物にはない、植物特有の性質を研究したいと思い、指導教員が提案してくれたテーマの中から、澱粉合成酵素を選んだ。これが私のライフワークになるとは、当時は思いもよらなかった。大学院時代は小麦を研究していたが、学位を取り、つくば市の農業生物資源研究所で博士研究員として働くようになってからは、イネを研究対象として、澱粉生合成の研究を行うことになった。
秋田に行く話が舞い込んだとき、高校からの夢であった大学の先生になれるならと思い、その日のうちに決断した。しかも、秋田は米どころ。米の研究は推奨されるだろう、と喜び勇んで秋田入りした。新しく炊飯器を購入し、スーパーで購入した「あきたこまち」を初めて食べたときは、今まで食べていたお米は、何だったのだろう?と思うくらいおいしかった。秋田人の気性は、私が育った関西の人たちとは対極であると思う。控えめで欲がなく、真面目で辛抱強く、他人を不快にさせる要素がほとんどない秋田人に囲まれて、すっかり居心地が良くなり、秋田に住み続けて今年で22年になる。
新しい米の開発は、基礎研究から始まった
秋田県立大に着任してから10年くらいは、澱粉生合成メカニズムの解明に関わる基礎研究に没頭した。研究者として、国内外の類似した分野の研究者が感心してくれるようなデータを出したい、という気持ちが強かった。具体的には、私たちが書いた論文がより多く、より長く他の研究者に引用されるような論文を書きたいと思った。この気持ちは今も変わらないが、2010年頃から、私たちが基礎研究で扱ってきた変異体米(特定の遺伝子が壊れたイネ)の中に、「あきたこまち」のような通常の米とは全く異なる性質をもつもの、特に消化が悪い難消化性澱粉(レジスタントスターチ,RS)を多く含むものや、ごはんの食感が全く異なるものがあり、それを実用化できないかと考え始めた。社会情勢を見てみると、米の需要が50年前と比べて半減し、稲作農家は高齢化も相まって疲弊していた。また、糖尿病やその予備軍が国民の5分の1を占め、医療費の増大の原因になっていることもあった。私たちが基礎研究の材料として作った変異体米が、これらの問題を解決するのではないか、と考え始めた。
秋田の農業に貢献できないか?
しかし、ユニークな性質を持つ変異体米は種子が小さく、栽培しにくく、とても農家さんに作ってください、とお願いできるものではなかった。「あきたこまち」などの通常品種と同等の収量や栽培しやすい品種に品種改良する必要があった。そこで、秋田県農業試験場等の方々にご協力いただき、ユニークな性質をもった変異体米について、戻し交配によって「あきたこまち」や超多収米である「秋田63号」の性質を導入していくことにした。
そうしてできた品種が、ジャポニカ系高アミロース米の「あきたぱらり」と「あきたさらり」、高RS米の「まんぷくすらり」である。「あきたぱらり」は、パラパラした食感を利用して、ピラフ、チャーハン、リゾット、パエリヤ等に向いた品種である。既に県内のイタリアンレストランにご利用いただいている。「あきたさらり」は、多収が見込めることから、米粉として、麺やパンに配合することで食感が良くなる。「あきたさらり」を配合した乾麺「ゆりの舞」は、つるつるとした食感が特徴で、病気で食欲のない方やお子さまにも大変好評である。「まんぷくすらり」は、「あきたこまち」などの通常米と比べて、RSが10倍程度多く含まれている。「まんぷくすらり」の元変異体米を使ったパック米飯と米菓の試験では、通常米と比べて食後の血糖値が上がりにくく、インスリンの分泌量も少なくなる、という結果が出ており、既に論文に掲載済みである。また、RSは血糖値上昇抑制効果だけではなく、整腸作用もあることが、高RSの大麦を使った動物実験で証明されている。
以上の品種やそれらを使った商品は、われわれが設立した秋田県立大学発ベンチャー企業の株式会社スターチテックから販売している。基礎研究から始まった成果を商品として、自ら販売できているのは、研究者としてはとても嬉しいことである。今後、健康志向の高い一般の方々に加え、病院食や高齢者施設等で、血糖値や便秘が気になる方などに普及していけば、と考えている。
これらの米の普及には課題もある。「まんぷくすらり」は、高RSであるがゆえに特殊な澱粉構造をしており、白ご飯としては硬くて食べにくい難点がある。そこで、この米を粉砕して米粉にして、水を加えて加熱した米粉ゲルを食品に配合する方法を考えた。「まんぷくすらり」の米粉ゲルと「あきたこまち」を混ぜて作った「カラダ想いのきりたんぽ」は、味も通常のきりたんぽと遜色なく、レジスタントスターチたっぷりの商品に仕上がった。また、「まんぷくすらり」を使った味噌も好評販売中である。
「米」を食べると太る、などと敬遠されることが多い。しかし、日本人にとっては、何よりも重要で欠かすことのできない食材であることは言うまでもない。秋田で開発した健康にも貢献する米を、何とか普及させたいと考えている。「機能性米」という新しいジャンルの稲作農業が秋田から発信できれば、米の需要低下を少しでも食い止め、稲作農家や新商品開発に携わる食品加工業を活気づけられるのではないか、と考えている。
この記事を書いた人
秋田県立大学・生物資源科学部
教授藤田 直子
秋田県立大学・生物資源科学部
秋田県秋田市下新城中野字街道端西241-438
電話:018-872-1650
FAX:018-872-1681
1969年、京都市生まれ。その後、大津市、西宮市、広島市に移り住み、1987年大阪女子大学に入学。1997年、大阪府立大学大学院農学研究科修了(博士(農学))科学技術特別研究員(つくば市)を経て、1999年より秋田県立大学に助手として着任。2015年より教授。2019年、秋田県立大学発ベンチャー企業 株式会社スターチテックを設立(取締役)。