文化

地図から掘り起こす地域資源

第7回~旧羽黒町(鶴岡市)

※この記事はFuture SIGHT No.93からの再掲です。

合併しても羽黒町

羽黒山、月山、湯殿山からなる出羽三山は、古くから信仰されてきた山岳宗教の一大拠点であり、山形を象徴する聖地である。図1 には、東南の隅に羽黒山、そして中央部にはその宿坊街である手とうげ向地区が示されている。2005(平成17)年に旧羽黒町を含む1 市4 町1 村が合併し新しい鶴岡市となったが、羽黒町だけは大字に相当する地名の前に「羽黒町」の名を残しており、羽黒町玉川、羽黒町手向などの地名が地図中にも読み取れる。出羽三山のもとで栄えてきた歴史への誇りが、町名の消滅を拒んだのであろう。

図1 羽黒山宿坊街とその周辺の地形図

地理院地図(電子国土Web)https://maps.gsi.go.jp/
①~④は筆者補入。①手向地区の宿坊街 ②玉川ため池 ③柿のモニュメント ④羽黒高等学校の自動車教習所

手向地区には、今も参詣者を泊める宿坊の町並みが残る。これらの宿坊は、それぞれ特定の地域の信者集団である講こうとの結びつきを持っている。そうした講が分布する地域を「檀だん那な場ば」とか「霞」と呼び、いわば各宿坊の担当地域ということになる。これらの信者集団の分布は東日本の広い範囲に及び、千葉県など出羽三山信仰が盛んな地域に、手向の山伏が農閑期に出向いて檀那場廻りをしてきたという(岩鼻通明『出羽三山 山岳信仰の歴史を歩く』)。

手向集落では、土日祝日の夕刻になると提灯がともされ、幻想的な光景が広がる(図2)。昔ながらの茅かや葺ぶき屋根の宿坊もわずかに残っており、風情のある町並みである。

図2 夕刻の手向の町並み(2021年7月筆者撮影)

図1中には、国宝の五重塔や、「(特)」のついた羽黒山のスギ並木など、著名な文化財も見える。「(特)」とは、特別な史跡・名勝・天然記念物につけられる記号で、このスギ並木の場合は特別天然記念物である。

火砕流台地とため池

図1 の西側には、藤島川が形成した美田の広がる扇状地の一部、東側には羽黒山を含む急きゅうしゅん峻な山地が描かれているが、その中間に、いくつもの小さなピークがぽこぽこと散らばる、いくぶんなだらかなエリアがある。この独特な地形は、月山から流下した火砕流によってつくられたものである。

台地上の清水地区周辺には特にため池が目立つ。図1 中で一番大きなため池は玉川ため池といい、戦前の1938(昭和13)年に竣しゅんこう工した。池の南西端に記念碑の地図記号があるので、実際に行ってみたところ、なんと5 基もの記念碑が立っていた(図3)。

図3 玉川ため池のほとりに立つ記念碑

一番古い戦前のものは少し離れた手前側に立っており、この写真には写っていない。(2021年7月筆者撮影)

1938 年に最初に造成されたのち、1945(昭和20)年に拡張工事、1962(昭和37)年に増水工事、と整備事業が施されるたびに碑が増えていったようである。起伏に富んで水利の不便なこの土地を潤すために繰り返されてきた苦労がしのばれ、そのかいあって台地上の小さな凹地にも水田が開かれている。また、台地上には果樹園の記号もみられるが、これらのほとんどは庄内柿である。場所は少し離れるが、図1 の北西部の交差点には、巨大な柿のモニュメントがある。

この火砕流台地と扇状地との境目付近にも、見どころが多い。「お山」に入るまさに直前に立つ大鳥居は、庄内を代表するランドマークである。大鳥居から南に折れると、国指定名勝の美しい庭園で有名な玉川寺がある。運がよければ、かわいい看板猫にも会える。大鳥居の北側には羽黒高校がある。国内で唯一、構内に自前の教習所を持っている高校で、在学中に自動車免許が取得できるという。地形図中にもちゃんと教習所のコースが示されている。

コンテンツの中の出羽三山

出羽三山を舞台にした小説は、森敦の芥川賞受賞作『月山』をはじめ、数多い。

この地域の、霊性を感じさせる土地柄や湯殿山の即身仏といった謎めいた要素は、特にミステリーとなじみが良いようである。山村正夫の『湯殿山麓呪い村』、高橋克彦の『即身仏の殺人』、梓林太郎の『出羽三山殺人事件』、内田康夫『黄泉から来た女』などが思い浮かぶ。

しばしばそれらは映画やドラマとして映像化される。近年では、2017(平成29)年に放送されたテレビドラマ「山形・陸羽西線に消えた女(西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ)」 で、冒頭に登場人物が羽黒山の五重塔をスケッチする印象的なシーンがあった。もっともこの作品は、庄内全域でロケが行われており、旅行案内的要素を併せ持つ典型的なスタイルの2時間ドラマとなっている(ラストの“崖っぷち”のシーンは遊佐町吹浦の三崎公園である)。

このほか、現在も連載中の市東亮子の漫画『やじきた学園道中記F(ファイナル)』では、出羽三山とその周辺が描かれている。『やじきた~』シリーズは1982(昭和57)年から続く長寿作品で、腕っぷしの強い女子高校生2 人組が、転校する先々で問題を解決していくストーリーだが、シリーズ最終盤に山形県がメインの舞台として登場した。山伏修行体験が少女漫画に描かれたのも初めてであろう。主人公2 人は鶴岡市内に下宿して、鶴岡の高校に通っている設定なので、出羽三山の他にも鶴岡市街地などがよく出てきており、ほかにも酒田、余目、本楯、さらには内陸も含めた山形県各所のなじみの土地が出てくるので、山形県在住者にはより一層楽しめること請け合いである。映像や漫画などの視覚コンテンツの場合、地形図を手にして、描かれている場所を特定しにでかけてみるのも面白いものである。

昔から、信仰によって遠くに住む人々との結びつきを形成してきた山々は、今なお信心深い人、自分を生まれ変わらせたい人を惹ひ きつけている。さらには多様なメディアを通じて、イマジネーションをさまざまにかき立ててくれる場所でもあり、二重の意味で“聖地巡礼”の対象地であるといえよう。

この記事を書いた人

東北公益文科大学

准教授松山 薫

東京都出身。お茶の水女子大学文教育学部地理学科卒。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。
専門は人文地理学(近現代の歴史地理学)。主に軍用地や満州開拓に関わるテーマに取り組む。

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